野良猫にも愛の目を。

野良猫、その存在は世間から嫌われ、敵害視される事が多いと思います。

糞と尿の臭いの問題と、それを隠すために、トイレの場所と決めたところに穴を掘るため、庭や植木などを荒らしたりする行為が、イタズラと取られるのでしょう。

猫好きな人でも、その点なにか良い方法がないものかと、心を痛める事なのですが…。

野良猫は、人間のホームレスと同じ、猫のホームレスです。

人間のホームレスは、社会からの逃避のような、自分からなったような人が、多い様に思いますが、野良猫の場合は、猫自信の責任で、野良猫になったネコはいません。

どのネコも、自分から生き方を間違って、ホームレスネコになった猫は、いないはずです。

人間の勝手で捨てられた子猫らが大きくなって、種保存の本能で、生まれたネコたちや、何かが原因で家に帰れなくなった迷いネコ…。

この子たちは、生きていくために食糧を探して、排回しています。昔の野良猫は、ゴミ箱をあさって歩けば十分に生きていけました。でも今は、ゴミは収集日以外には出しません。

昔の野良猫の食事は、ゴミ箱の食べ残しや、野ネズミでした。今のネコはネズミを食糧とは思っていません。狩猟本能を発揮する、遊び道具でしかありません。

親猫から、食べさせてもらった事がないから、味を知らないのです。

ネコの一生をつかさどる味覚は、生後3ヵ月迄に食べた味で、決まると言われています。

我が家の周りをエサを求めて毎夜、歩いているねこちゃんがいます。

私が初めて見た頃は、体もきれいで、メス猫と思ったほど、やさしく可愛い顔をしていましたが、近頃は体も汚れて汚くなり、ニャン相も悪くなって、目が合うと、鋭い顔でにらんでから、逃げていきます。

つらい毎日を過ごしているのだなと、可哀想になります。我が家には5匹の飼い猫がいますが、そのネコたちの食べ残しなどを、夜中に家の前に置いておきます。

窓から、ガチャガチャと食器の動く音が聞こえてきたら、ああ、食べに来ているなと安心します。

あるサイトにこんな文章を書いてありました。

飼い主不明のネコに対する餌付けは、一つの社会問題になっています。餌を与えている本人は多分に愛猫家、動物愛護を自任していると思われます。

安易な餌付けは捨て猫を助長させたり、何よりも居心地のよいこの場所で猫は子供を産み育てていくでしょう。子猫が可愛いからといってまた餌をやる。事態はどんどん悪化していくと思われます。

自分が責任を持つことができない飼い主不明猫に、可哀想とか、可愛いいという感情だけで餌を与えることは、付近の住民に迷惑をかけ、結果的に猫嫌いを増やし、ネコへの虐待などにつながりかねません。

と、

でも、野良猫にエサを与えて歩いている人は、猫嫌いの人に注意されたり、怒られたりしながらも、ネコが可哀想だからとコソコソと隠れながらもエサ配りをしています。

多摩川にも沢山の捨て猫・野良猫がいるそうです。

写真家のご夫妻が17年もの間、エサをあたえて写真を撮って来たそうで、ホームレスのおじさんに飼われている猫もいるとか。

人間とネコのホームレス同士、心をかよわせているのでしょうか。

その中の一組で、心ない人に家を焼かれ、その焼け跡にネコがうずくまり、ホームレスのおじさんが帰ってくるのを待っているネコの写真がありました。

どんなにか、おじさんの帰りを待っているのでしょう…。

野良猫は嫌われる存在です。でも少し愛のある目で見てやってください。
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posted by デブちゃん at 23:26 | Comment(3) | TrackBack(0) |